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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)860号 決定 1978年2月22日

抗告人 三輪新吾

右代理人弁護士 新美隆

藤沢抱一

相手方 株式会社理想社

右代表者代表取締役 下村鉄男

右代理人弁護士 松崎正躬

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人の抗告の趣旨および抗告の理由は、末尾添付の別紙抗告状の抗告の理由、抗告理由補充書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

抗告状記載の抗告理由二ならびに抗告理由補充書第一および第二の一について。

1  本件解雇の意思表示は、所論の旧規則によらず、新規則によっているから、この点の当否について、検討を加える。

本件解雇の意思表示は、新規則施行後の昭和四七年一一月一日になされているが、本件解雇事由の最も重要な部分ともいうべき本件犯行行為は、昭和四六年五月三〇日になされたものであって、旧規則が施行・適用されているときである。そして、このような場合に、いずれの規則を適用して解雇の意思表示をなすことができるかは、新規則に、新旧両規則適用の関係について、特別の経過規定が定められていない以上、結局、解雇の意思表示は、新規則によってするより外ないことは、前記のとおりであり、それゆえ、相手方会社が新規則によって解雇の意思表示をしたこと自体は、違法とはいえない。

2  だが、ことを実質的に考えてみるために、本件で問題となっている犯行を犯した者に対する制裁に関する就業規則について、検討を加える。

《証拠省略》によると、昭和四七年一〇月一日施行の相手方会社の就業規則(本件で新規則と呼ばれている)は、懲戒の種類として譴責、昇給停止、減俸、出勤停止、解雇の五種類を定め、その懲戒事由を列挙した第四二条第四号には、「会社の名誉もしくは信用をきずつけたとき」、第六号には、「不正不義の行為により従業員の体面を汚損したことまたは犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたとき」、一〇号前段には、「この規則または業務命令に違反して職場の秩序を乱したとき」と定められている。

一方、新規則施行前に定められ施行されていた就業規則(本件で「旧規則」と呼ばれている)には、懲戒の種類としては、新規則と同様な五種類を定めており(旧規則第三六条)、その懲戒事由を列挙した第三五条には、「会社の名誉を毀損し、秩序を乱したり、社長、部長の正当な訓戒に従わざるとき」が記載されている(三五条一号)ことが疏明される。

3  ところで、右によると、新規則は、旧規則より、懲戒事由を類型化し細別・詳細化したことは、明らかであるが、このことから直ちに、新規則が、旧規則より懲戒事由を増大させたものと解することはできない。

本件で問題となっている新規則第四二条第六号後段の「犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたとき」とは、同号前段の「不正不義の行為により従業員の体面を汚損したとき」と同じ類型のものであって、旧規則第三五条第一号の「会社の名誉を毀損し、秩序を乱したり」したときの一事例に当ることは明らかである。換言すれば、旧規則第三五条第一号の規定は、新規則第四二条第六号の前後段の場合をも包含しているものであるといってよい。けだし、裁判という公正な手続を経て、裁判機関の判決により、「犯罪を犯し」たものと認定され、「禁錮以上の刑」に処せられた場合には、たとい右刑に執行猶予の裁判が付せられたとしても、一般的にかなり強度の反社会的行為を行なったものとして、罰金刑を超える制裁を受けたものと解され、とくに社員総数十数名という小人数の相手方会社(このことは、《証拠省略》により疏明される)にとっては、個々の従業員の行為の当否は、会社全体の評価に相当に影響を与えることが容易に推認されるものであり、このような事情のもとにおいては、従業員がその犯行に因り禁錮以上の刑に処せられた場合には当該従業員は、当然、会社の名誉を毀損したものに当たると解するのが相当である。このことは、従業員が、たまたま会社の業務と関係のない行為について処罰されたときでも異なることはない(最一小判昭和四九年二月二八日民集二八巻一号六六頁。なお最二小判昭和四九年三月一五日民集二八巻二号二六五頁参照)。

もっとも、新規則第四二条第四号には、別に「会社の名誉もしくは信用をきずつけたとき」と定められていることは、前記のとおりであるが、これは、会社の名誉もしくは信用をきずつけたがその行為について禁錮以上の刑に処せられていない場合でも懲戒事由になることを明らかにしたものであって(旧規則第三五条第一号前段の場合にも、このようなときをも懲戒事由になりうることはいうまでもない。)、右のような規定があるからといって前記説示を異にすべきいわれはない。

4  《証拠省略》によると、新規則は、附則として、「この規則は、昭和四七年一〇月一日から施行する。」と定めているほかとくに、新規則の施行に伴う経過規定、とくに旧規則との関係については、明定していないけれども、反対の事情の窺えない本件においては、使用者側、労働者側双方とも、当該施行日以降新規則のみが適用されると考えていたものと推認され、したがって、新規則の施行に伴ない旧規則の規定は、右施行日をもって廃止されたものとみるのが、相当である。

だが、新規則の施行に伴なう経過規定については、特別の定めがないから、旧規則と関係する事項についてどうすべきかは、必ずしも明らかでないといえよう。

5  特別の定めのないかぎり、一般に、解雇などの意思表示は、意思表示の時点に規律さるべき手続に従ってすれば足りるから、本件では、本件解雇の意思表示をなした時に施行されていた新規則に従って解雇の意思表示をすればよく、したがって本件では、新規則に従ってなした本件解雇の意思表示は、手続的に違法とはいえない。

他方、懲戒は、労働者にとって不利益な処分であるから、特別の定めのないかぎり、問題とされている行為の時を基準として、懲戒権存否の有無を決すべきであるということも、当然、是認されてしかるべき要請である。その意味では、一般的に、問題となっている行為の時に施行されている就業規則等(本件でいえば旧規則)に従って、懲戒権の存否を決すべきであるといえる。

6  ただ、ここで留意しなければならないことは、少なくとも、本件で問題となっている事項に関するかぎりにおいては、新規則は、旧規則の懲戒事由以上に附加、拡大したものではなく、これを類型化、細別化したものにすぎず、労働者側にとって、とくに不利益になったものでないことは、前段説示したところから、明らかである。

本件では、抗告人の問題となっている行為は旧規則施行当時になされたものであり、その懲戒権の存否は本来旧規則の規定によって決せられるべきであるが新規則で定められている懲戒事由は(本件と関連するかぎりでは)当然に旧規則上でも懲戒事由として存在していたのであるから、たとい、相手方会社のした懲戒処分が新規則の規定による形式によってなされていたとしても、その懲戒処分が適正・妥当になされているかぎり、旧規則によってされたものより、不利益になるものとはいえない(その意味では、本件で問題になっている事項については、旧規則による懲戒処分であれ、新規則によるそれであり、本来重複になるべき性質のものである)から、抗告人は、旧規則でなさるべきか、新規則でなさるべきかについては、とくに不服を申し立てる利益はないといえよう。

7  先にも述べたとおり、新規則には、旧規則との関連においての過経規定がおかれていない以上、懲戒解雇の意思表示も、その意思表示がなさるべき時点の規則に従って意思表示をするより外ないのである。

ただ、懲戒処分のもととなる行為について、その行為時において適法であり懲戒処分の対象とならないものが、解雇の意思表示の時点においてはじめて懲戒処分の対象となるようになったようなときには、労働者にとって不利益を受けることになるから、意思表示の時点を基準として新たに付加された懲戒事由に基づき懲戒処分をすることは許されないというべきであるけれども、本件のように、本件の問題となった行為の時においても、また解雇の意思表示の時においても本件で問題とされている事項については、同じく懲戒事由になっているのであるから、解雇の意思表示の時点に従ってした懲戒処分を違法ということはできないのである(行為の時には懲戒処分事由がないのに、解雇の意思表示の時に懲戒処分の事由となった場合においてはこれを懲戒処分にすることは、違法として許されないであろう)。

8  原審の説示中には、右と異なるものもあるが、結局において、新規則に従ってなした本件懲戒処分は違法ではないというのだから、結論において正当であるというべく、所論は、結局、採用しがたい。

9  なお、抗告人は、原審で提出した準備書面に記載した主張を本件抗告の理由として援用する旨述べるが、このような抗告理由の記載は許されないと解するのが相当である(東京高決昭和三三年一月二四日東高時報九巻一号七頁参照)から、抗告人引用にかかる準備書面に記載された事項について、とくに改めて判断をしないことにする。

抗告理由補充書第二の二について

この点の原審の説示は、当審も正当として肯認することができる。

抗告人所論のように、起訴された場合に、相手方会社としては、破棄などの通告をして、かかる合意の効力を明確にすることが望ましかったことであろうが、それをしなかったからといって、この点の原審の説示を違法とするには当らない。

抗告人が逮捕されるに至った経緯の事実が明確にされない間に、また、抗告人の逮捕についての司法官憲の最終決定のなされないうちに、原審説示の経緯のもとに結ばれた合意を一方的にその拡張を図ろうとすることは、却って妥当を欠く結果を招くものといえる。

労働組合などが労働組合員の地位を保護しようと努力することは、それはそれなりとして理解しうるものがあるけれども、それはあくまでも、真相―客観的事実を把握しかつ、経営者側にもその客観的事実を評価させ、そのうえで組合員の地位を保護すべきものであって、かかることなく、原審説示の経緯で結ばれたような合意については、その効力に自から限界のあることは、もとより当然である。

所論は採用しがたい。

抗告理由補充書第二の三の(一)について

この点の原審の判断は、相当である。

所論の犯罪について、たとい執行猶予二年が付せられていても、懲役八月の刑を受けたものである(とくに、半年以上の未決勾留のうえである)から、特別の事情のない以上―特別の事情の存することは、抗告人において主張・立証しないところである―民主主義の根幹をなす平和的手段による主張を超えた行為であり厳しく非難さるべきものであるとして、評価されても当然である。

抗告状の抗告理由一の(一)および(二)ならびに抗告理由補充書第二の(二)ないし(五)について

この点の原審の判断は、当審も正当として是認することができる。

とくに、当審において提出された相手方会社の各種の疏明書類によれば、相手方会社の関係する執筆者のうち、相当数の者が本件について危惧の念を抱いていることが疏明されるから、相手方会社が、抗告人の本件犯行により会社の名誉を毀損されたとして、かつ右が民主主義の根幹を否定するものであって許しがたい行為であるとして新規則第四二条六号を適用して、懲戒処分をしたことは相当というべきである。

もっとも、抗告人提出の疏明書類によれば、抗告人の本件犯行によっても、何ら危惧の念を抱いていない執筆者等が相当数いることが窺えるが、そうであったからといって、前記危惧が執筆者の相当数にいる以上、相手方会社の前記判断を不当ということはできない。

なお、抗告人は、抗告人の逮捕、勾留の事実を対外的に執筆者等に公表したことは信義則に違反すると主張する。

なるほど、相手方会社が、会社労働組合との間で、本件犯行について、一切口外しないことを約束したことは、《証拠省略》により疏明されるけれども、右と同じく《証拠省略》によると、これは抗告人の所属する労働組合の「理想社の実態を訴える」旨のパンフレットに対抗して、相手方会社がその主張を明らかにした中で、前記労働組合の要求の不当性の一環として、Bという名前で、逮捕・勾留されたことを簡単に述べて明らかにしているだけで、抗告人の名前を明示していないのである。このように、前記労働組合が自己の主張を貫徹すべく、会社側を非難するパンフレットに対抗して、相手方会社が、労働組合の要求する事項中、不当なものの一つとして、本件の逮捕・勾留に関連する要求があるとして、右のような限度で、これを簡単に明らかにしたからといって、右労働組合との合意に反して、信義則に違反するものがあるとはいえない。

この点の抗告人の所論は、いずれの点からも、採用しがたい。

以上説述したとおり、原決定には、所論のような違法はないから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり、決定する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 森綱郎 奈良次郎)

<以下省略>

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